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東京高等裁判所 平成2年(行ケ)221号 判決

東京都千代田区丸の内2丁目6番1号

原告

古河電気工業株式会社

代表者代表取締役

友松建吾

訴訟代理人弁理士

小林正治

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 植松敏

指定代理人

関口博

後藤晴男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた判決

1  原告

(1)  特許庁が、同庁昭和55年審判第2594号事件について、平成2年7月9日にした審決を取り消す。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文同旨

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和50年9月26日、別紙本願商標のとおりの、「ダンシール」と片仮名で横書きにした商標(以下、「本願商標」という。)について、指定商品を第7類「しっくいパテ、その他本類に属する商品」として、商標登録出願をした(同年商標登録願第117051号)が、昭和54年12月20日に拒絶査定を受けたので、昭和55年2月5日、これに対し審判の請求をした。

特許庁は、同請求を同年審判第2594号事件として審理し、昭和63年2月16日商標出願公告をしたが、訴外飯塚淳一及び訴外積水化学工業株式会社からそれぞれ商標登録異議申立があり、更に審理の上、平成2年7月9日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年8月31日原告に送達された。

2  本件審決の理由の要点

(1)  本願商標の構成、指定商品及び商標登録出願の日は1項記載のとおりである。

(2)  これに対し、審判手続において登録異議申立人が引用した登録第731881号商標(以下「引用商標」という。)は、別紙引用商標のとおり「Dan」の文字を筆記体で表わしてなり、第7類「リノリューム製建築専用材料、プラスチックス製建築専用材料、アスファルトおよびアスファルト製建築または構築専用材料、その他の建築または構築専用材料(但し金属製建築または構築専用材料、陶磁製建築専用材料、れんがおよび耐火物を除く)セメント、木材、石材、ガラス」を指定商品として、昭和40年7月13日登録出願、昭和42年1月31日に登録され、その後昭和52年6月6日及び昭和62年3月17日の2回にわたり商標権存続期間の更新登録がなされたものである。

(3)  そこで、本願商標と引用商標との類否について判断する。

〈1〉 本願商標は「ダンシール」の文字より成るところ、「シール」の文字部分は、建築業界及び土木業界において「防水の目的で構造物の継目、目地、空隙等に目張りもしくは充填すること」を意味するものとして理解され、使用されていることが、「建築大辞典」(株式会社彰国社発行)及び「土木用語辞典」(株式会社コロナ社、技報堂出版株式会社発行)の各「シール」(seal)の項の記載においても認め得るものであり、そのための材料を「シール(seal)材」若しくは「シーリング(sealing)材」と指称しているものである。

〈2〉 してみれば、「シール」の文字部分は、指定商品との関係においてその品質・用途(シール用)を表示するにすぎず、自他商品の識別標識として機能し得ないものであるから、本願商標よりは「ダン」の文字部分に相応して、単に「ダン」の称呼をも生ずるものと判断するのが相当である。

〈3〉 これに対して、引用商標は、「Dan」の文字に相応して「ダン」の称呼を生ずるというのが自然である。

〈4〉 してみれば、本願商標と引用商標とは、その外観・観念の異同について論及するまでもなく、「ダン」の称呼を共通にする類似の商標であって、本願商標の指定商品は、引用商標の指定商品を包含すると認め得るものである。

(4)  したがって、本願商標は商標法第4条第1項第11号に該当し、登録することができない。

3  本件審決を取り消すべき事由

本件審決は、本願商標から「ダン」の称呼をも生ずると誤認した結果、本願商標と引用商標とは称呼を共通にする類似の商標であると判断を誤り、本願商標は商標法第4条第1項第11号に該当し登録することができないと判断を誤った違法があるから、取り消されなくてはならない。

なお、本件審決認定判断中、前記2(1)、(2)、(3)の〈1〉及び〈3〉、同(3)の〈4〉中、本願商標の指定商品は、引用商標の指定商品を包含することは認める。

(1)  本願商標が単なる「シール」だけか若しくは明らかに「ダン」と「シール」とが分離観察され得る態様のものであれば、本願商標は英語の「seal」に通じるものとして、シール用の品質、用途表示になるかもしれない。

しかし、本願商標は、単なる「ダン」でもなく単なる「シール」でもない。また、本願商標の「ダン」の部分は指定商品との関係で独立した特定の観念を持つものではなく、日常生活で、独立して「ダン」と使用されている語でもない。

したがって、本願商標「ダンシール」は「ダン」の部分と「シール」の部分とに分離されなければならない特別の理由はない。よって、本願商標を「ダン」と「シール」とに分断し、「ダン」の称呼のみも生ずるとするのは不自然である。

(2)  本願商標は「ダ」「ン」「シ」「ー」「ル」の各文字が全て同じ書体、同じ大きさで、等間隔で一連不可分に表示され、全体として軽重の差のない一連の語である。しかも、この称呼は4音の簡潔な構成であるため、本願商標は英語読み風の響きを有する「ダンシール」という一連の語として認識されて、語頭から語尾まで淀みなく一連に称呼されるものである。その上、「ダンシール」は、原告が創造した独創的な語であって、何ら特定の意味や観念を有するものではない。

したがって、本願商標は、本件審決の認定したように「ダン」の部分と「シール」の部分とに分離されなければならない必然性はない。

片仮名で「ダンウッド」と表示された指定商品を第7類「建築または構築専用材料、セメント、木材、石材、ガラス」とする登録第1890222号商標が独立した商標として登録されている例等、「Dan」「ダン」と品質表示、用途表示と解される語句とを組み合わせた商標の中には、登録を拒絶されたものもあるが、独立の商標として登録されている商標の方がはるかに多いことからみても、本願商標の「シール」の部分は英語の「seal」には通じないと判断されるべきである。

本願商標から「シール」の部分だけを抽出し、それが英語のシール(seal)に通じるとし、その「シール」の部分は、品質、用途(シール用)を表示するにすぎない旨の本件審決の認定は不当である。

特許庁における品質表示、用途表示の判断、商標の類似、非類似の判断基準が不明確である以上、本願商標は引用商標によって拒絶されるべきではない。

(3)  本件審決は、本願商標の「シール」の部分は、品質、用途を表示するにすぎないとして、本願商標からは単に「ダン」の称呼も生ずるとしているが、この認定も不当である。

仮に、本願商標のうち、「シール」の部分が品質、用途を表示するとしても、その「シール」の部分が「ダン」の部分から分離されるのは観念の類否の判断をする場合に限られるべきであり、称呼についての判断をする場合にまで分離されるべきではない。

また、社会一般の商取引において、「ダンシール」が単に「ダン」と称呼されることはあり得ない。もし、「ダンシール」という商標の商品を購入する時に、単に「ダン」という商標の商品として注文したのでは、注文を受けた方で、どの商品が注文されたのか見当がつかないのが実情である。

してみれば、本願商標から単に「ダン」という称呼をも生ずるとした本件審決の認定は、日常の商取引の実情にそぐわない。

更に、「Dan」「ダン」と品質表示、用途表示と解される語句とを組み合わせた商標で登録されたものが多数ある以上、それらの商標は「ダン」以外の部分が省略されることなく称呼され、それらは混同されることなく識別されているということである。この点からも、本願商標は引用商標と称呼が類似するとはいえない。

(4)  したがって、本願商標から「ダン」の称呼をも生ずるとして、本願商標と引用商標とは「ダン」の称呼を共通にするとの本件審決の認定判断は誤りである。

第3  請求の原因の認否及び被告の主張

1  請求の原因1及び2は認め、同3中、本件審決の認定判断を認めた部分以外は争う。本件審決の認定判断は正当であり、原告主張のような違法事由はない。

2  本願商標の構成中の「シール」の文字は、「防水の目的で構造物の継目、目地、空隙等に目張りもしくは充填すること」を意味するものとして、本願指定商品を取扱う業界に含まれる建築・土木業界に理解され使用されていることは、原告も自認するところである。

また、本願指定商品は「しっくいパテ、その他本類に属する商品」であって、第7類の全商品を指定商品としているところ、その中に含まれる「シール材」は、「防水の目的で構造物の継目、目地、空隙等に目張りもしくは充填するため」の用途に供されるものである。更に、指定商品中の「パテ」は、「板ガラスの窓枠への取付け、ペイント塗装の際の、素地面の穴、隙間、亀裂の充填や木部の目止め」の用途に供されるものである。

3  本願商標は、これを一連不可分のものとして把握しなければならないとする格別の事情はない。

即ち、本願商標の構成中の「シール」の文字部分は、前記のように商品(シール材)の品質、用途を表示するものとして建築、土木業界において普通に使用され、親しまれているものであって、自他商品の識別標識として機能し得ないものである。

他方、本願商標の構成中の「ダン」の文字部分は、該構成中の「シール」の文字部分とは、その意味合いについての建築、土木業界の理解の程度には顕著な差があり、本願商標に接する取引者又は需要者の中には、その構成中の一部である「シール」については前記したような意味合いを認識できるのに対して、「ダン」の文字からは特別の意味合いを認識できない場合も少なくないというべきであるから、「ダン」の文字部分が看者の強い関心を惹き、自他商品の識別標識として機能し得るものである。

してみれば、本願商標に接する取引者又は需要者は、これを構成する「ダン」と「シール」の部分が常に不可分のものとして認識することなく、看者の強い関心を惹く「ダン」の部分によって自他商品を識別することも少なくないというべきである。

4  前記2、3の事情によれば、本願商標をその指定商品中のパテ若しくはシール材について使用した場合、取引者又は需要者は、構成中の「ダン」の文字部分によって自他商品の識別にあたることが少なくないものであり、その文字に相応して、単に「ダン」とも称呼されるというべきである。

したがって、本願商標から「ダン」の称呼をも生ずるとした上、本願商標は引用商標と「ダン」の称呼を共通にする類似の商標であると認定した本件審決に誤りはない。

第4  証拠関係

本件記録中の書証目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)及び2(本件審決の理由の要点)は当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の本件審決の取消事由について検討する。

(1)  別紙本願商標のとおり、本願商標は「ダ」「ン」「シ」「ー」「ル」の各文字が全て同じ書体、同じ大きさ、等間隔で一連不可分に表示されており、その構成上からは全体として軽重の差のない一連の語であることが認められる。また、本願商標の文字を一連に読んだときの称呼が4音からなり簡潔なものであることは明らかである。

他方、「シール」という語は、建築業界及び土木業界において、「防水の目的で構造物の継目、目地、空隙等に目張りもしくは充填すること」を意味するものとして理解され、使用されていること及びそのための材料を「シール(seal)材」若しくは「シーリング(sealing)材」と称していることは原告の自ら認めるところであり、このシール材若しくはシーリング材は本願商標の指定商品である第7類「しっくいパテ、その他本類に属する商品」に属するものと認められる。

したがって、前記の文字の構成、称呼上の特徴を考慮しても、本願商標が指定商品中のシール材若しくはシーリング材に使用された場合、同商品の需要者であると認められる建築、土木業界に属する者が、本願商標中の「シール」の文字部分は、商品の普通名称、効能、用途を表示するものと理解する場合が少なくないと認められ、本願商標中の「シール」の文字部分は、自他商品の識別標識として機能し得ない場合があるから、本願商標からは「ダン」の文字部分に相応する、「ダン」の称呼をも生ずるものというべきである。

(2)  原告は、「本願商標の「ダン」の部分は指定商品との関係で独立した特定の観念を持つものではなく、日常生活で、独立して「ダン」と使用されている語でもなく、本願商標「ダンシール」は「ダン」の部分と「シール」の部分とに分離されなければならない特別の理由はない。よって、本願商標を「ダン」と「シール」とに分断し、「ダン」の称呼のみも生ずるとするのは不自然である。」旨、「本願商標は英語読み風の響きを有する「ダンシール」という一連の語として認識されて、語頭から語尾まで淀みなく一連に称呼されるものである上、「ダンシール」は、原告が創造した独創的な語であって、何ら特定の意味や観念を有するものではない。したがって、本願商標は、本件審決の認定したように「ダン」の部分と「シール」の部分とに分離されなければならない必然性はない。」旨、「本願商標から「シール」の部分だけを抽出し、それが英語のシールに通じるとし、その「シール」の部分は、品質、用途(シール用)を表示するにすぎない旨の本件審決の認定は不当である。」旨、「本願商標の「シール」の部分は、品質、用途を表示するにすぎないとして、本願商標からは単に「ダン」の称呼も生ずるとする本件審決の認定は不当である。」旨、「本願商標から単に「ダン」という称呼をも生ずるとした本件審決の認定は、日常の商取引の実情にそぐわない。」旨及び「「Dan」「ダン」と品質表示、用途表示と解される語句とを組み合わせた商標で登録されたものが多数ある以上、それらの商標は「ダン」以外の部分が省略されることなく称呼され、それらは混同されることなく識別されているということである。」旨主張する。

しかし、本願商標からは単に「ダン」の称呼も生ずることは上記(1)に判断したとおりであり、本願商標を「ダン」と「シール」とに分断し、「ダン」の称呼のみも生ずるとすることが不自然であるとも、本願商標が「ダン」の部分と「シール」の部分とに分離されなければならない必然性がないとも、本願商標の「シール」の部分は、品質、用途を表示するにすぎない旨の本件審決の認定判断が不当であるとも認められず、本願商標からは単に「ダン」の称呼も生ずるとする本件審決の認定に原告主張の誤りはない。

(3)  原告は、「登録第1890222号商標が独立した商標として登録されている例等、「Dan」「ダン」と品質表示、用途表示と解される語句とを組み合わせた商標で、独立の商標として登録されている商標の方が多いことからみても、本願商標の「シール」の部分は英語の「seal」には通じないと判断されるべきである。」旨、「特許庁における品質表示、用途表示の判断、商標の類似、非類似の判断基準が不明確である以上、本願商標は引用商標によって拒絶されるべきではない。」旨及び「本願商標のうち、「シール」の部分が品質、用途を表示するとしても、その「シール」の部分が「ダン」の部分から分離されるのは観念の類否について判断をする場合に限られるべきであり、称呼についての判断をする場合にまで分離されるべきではない。」旨主張する。

しかし、本願商標からは単に「ダン」の称呼も生ずることは上記(1)に判断したとおりであり、商標の構成、指定商品と商標の構成の関係も異なる他の商標が登録されたことを理由に、本願商標の「シール」の部分は英語の「seal」には通じないとの原告の主張は採用できない。また、本件審決における本願商標の拒絶理由の有無についての判断基準に何ら不明確な点は認められず、更に、本願商標の「シール」の部分が「ダン」の部分から分離されるのは観念の類否を判断する場合に限られるべき理由は認められないから、これに反する前記原告の主張は採用できない。

(4)  したがって、本願商標からは単に「ダン」の称呼をも生ずるとの認定に基づき、本願商標と引用商標は称呼上類似するものと認められる旨の本件審決の認定判断には、原告主張の誤りはない。

3  よって、その主張の点に認定判断を誤った違法があることを理由に、本件審決の取消を求める原告の本件請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 元木伸 裁判官 西田美昭 裁判官 島田清次郎)

別紙

〈省略〉

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